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弔いの雨が庭に降る

10/17/2021

 
昨日は、近所のY造園さんにお願いして、庭木を10本くらい抜根してもらった。併せて、巨大化した桜と木蓮、金木犀、柿、椿、柊の垣根(外回り)などの剪定、芝刈りまでしてもらい、庭はすっきりした。

冬に向かうこの時期、草木は寒くなることをよく知っている。気温は高いけれど、日差しも夏とはすっかり違うのだろう。成長が急に止まったように見える。土の中から養分を吸収する時期なのか。気温という外的な数字を頼りに生きる人間とは大違い。植物の冬支度は始まっている。

Y造園さんにお願いするのは、2回目だ。前回はヒバやヒノキ、柘植といった純和木を中心に抜根してもらった。それ以前には、わたしにはとても手に負えない松の大木を近所の大工さんに伐ってもらった。浄化槽設置の時にも、ドウダンツツジや小さいサツキなど5~6本は抜いてもらっているから、藤野台の家と庭を所有してから、30本くらいの庭木を消滅させたことになる。

Yさんは、抜根の前に必ずお酒と塩を振りまいて、小さくお祈りをする。
命のある木々をこちらの都合で処分することに対する弔い。家を見守り続けてきた木々に対しては申し訳ないけれど、わたし自身が快適な庭を造り、心地よく過ごせることも、家を守ることの条件という説明は、あまりにも自分勝手な言い分か。。。

今日の雨は、昨日で役目を終えた庭木への弔いの雨のような気がした。
すっきりした庭をみても、なぜか嬉しいという実感がわかない。
築40年の家は、中も外もだんだんわたしの色に塗りかえられていく。もっと嬉しさを味わえると思っていたけど、そうでもない。

この感情を邪魔しているものはなんだろう。
わたしがしていることが、真っ白なキャンバスに好きな色で描くのではなく、既に描かれたものを自分好みに塗り替えていく作業だからか、、、それとも、ちょっと違和感があるくらいのほうが、もともとある何かとのバランスにおいて受け入れやすいのだろうか。。。

もしかしたら、100%の満足というものはないのかもしれない。
何かが少し欠けているくらいが、幸せを実感できるのかもしれない。
弔いの雨の日に感じたこと。


    grulian's journal

    ぐるりのかかわりをシンプルに、ひっそり世界とつながりながら暮らしたい。
    模索する日々のできごと、胸のうちを気の向くままに。
    タイトルの「手考足迷」は河井寛次郎の「手考足思」に敬意を表して。

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